昨日は何したかな?

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音楽の楽しみ方(6倍楽しむ方法)

曲調が気に入ったら深く考えずサラッと楽しむ

歌詞が気になり出したらよく聴いて歌詞を想像する

歌詞をネットで調べ自分の想像とあっていたか確認する

歌詞が難解な場合解釈を考える

イヤホンで特定の楽器に注目して聴く(ドラム、ベース、リードギター、サックスなど)

楽器から曲の構成され方を想像する


こうすると、たったの1曲が6倍楽しめるのだが、フルコースで楽しめる曲にはなかなか出会えない
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by moripapa_55 | 2013-05-31 06:47 | 日常

理屈

好き勝ってな理屈をつけて色々な事を書いているが、理屈っぽいと直接人から言われる事はない
(恐らく影では思っているのだと思うのだが、、、)

幸いな事に「あなたは理屈っぽいですね」等と、直接言ってくる人は周りにはいない

自分の周りにいる人は出来た人物ばかりである
(類は類を呼ぶのだろうか?)

しかし、理屈を考える事は本当は大事な事であると思う
(考える事はだ!)

いくら理屈が好きだからといって、人に向かって理屈や道理を説くと、いやがられる事は分っているし、人からも言われるのは嫌いなので面と向かっては言わない
(勿論陰口を言う訳でもない)

しかし、きちんと理屈を普段から整理しておかないと、ただ、行き当たりばったりや、惰性で生きる事になるのではと自分では思っている

勿論、いつも理屈が必要ではなく、時には理屈を離れ、情緒的に生きることもあるし、理屈から一時でも離れることは必要なことだと思う

時間を決めたり、期間を決めて、理屈抜きで過ごせばいいのだと思う




と言うのも理屈か?
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by moripapa_55 | 2013-05-30 07:51 | 日常

感受性について

感受性が強い人、弱い人がいる
パッと頭に浮かぶイメージは
強い人とは、何事にも感動し、自分の感情を素直に表に出す人
弱い人とは、感動する事や自分の感情を表には出さない鈍い人


もう少し深く考えてみた



感受性とは何だろうか
「ある出来事に対し、行動や考え方に影響を与えるような精神の鋭敏さや強さの度合い」と定義する

感受性が強い人ほど大きく何らかの影響を受けることになる

しかし、感受性が強くても、行動や感情を表に現さない人もいるだろう
感受性の強さと、それを表に出す事や出さない事は違う

表に出す事とはどんな事かと言うと、
例えば、泣く、驚く、怒るなど

ちょっとの事でも感動して、涙を流す人がいる
こういう人は感受性の強弱に関わらず感情を抑えられない人とも言う

人前で涙を流すとは何ぞやと言う人もいるだろうが、

それはそれで、純粋に感動した結果であり、

自分に正直であるとも言える

周りに実質的な迷惑を与えない限りうらやましいとも思う

さて、自分はどうかというと

感受性が強いかというと、正直分らない

基準もないので周りにいる人と比べるしかないから

だが、自分の周りの人が基準であるかどうかも分らない

独断で言えば、中の下くらいか

年齢と共に感受性の対象は変化している

そう、感受性の対象というものがある事に今気がついた
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by moripapa_55 | 2013-05-29 07:59 | 日常

「桜の木になろう」の解釈第2弾

歌詞の通りの解釈をしたのだが、どうもスッキリしない
MVが気になって仕方が無い
もう少し突っ込んで考えてみた
(最後に5月26日追記あり)



仲良しの6人の女子高校生の悲しい物語

6人は将来の夢を語り合っていたが、
卒業間近に一人が病気になり、
皆の祈りも空しく亡くなってしまう
少女は亡くなる前に皆に伝える
「皆、卒業した後は教室で語り合った自分の夢をきっと実現させてね!」
「私はもうすぐ死んでしまうけど、校庭の桜の木のように、ずっと、皆を見守っているから」


進学する者、就職する者、結婚するもの
卒業後、それぞれの道に進む

亡くなった少女に見守られていると感じながらの数年間が過ぎる

ある日、5人は少女のお墓参りに出かける

そこには夢を語った教室がある
あの桜の木がある

皆は、桜の木の元に集まり、少女に感謝する




という、解釈の方がピッタリの感じ

5月26日追記
5月17日UPの「桜の木になろうの解釈」で、歌詞の概要として、卒業していく女子高校生へのメッセージであるとの解釈をしていたが、この歌は「桜からの手紙」というドラマの主題歌となっており、卒業式を待たずに亡くなってしまう男性教諭からの生徒へのメッセージが歌詞になっている



4月30日 台南
台南の猫は少し足が短いか?
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by moripapa_55 | 2013-05-25 23:22 | 日常

中学生

東京都台東区の浅草橋に行った時、浅草中学校の前を通りかかった

体育大会があるのか、体育の授業で騎馬戦の練習をしていた

騒ぐ事もなくきちんと整列し準備運動していた


体格は中途半端

子供から大人になる過程の年頃だ

見かけも個人差があり、

子供あり、大人あり、変身途中あり、様々だ


中身はというと、

安定した精神の持ち主もいれば、まだまだ子供の心の者もいる




と、ここで考えた

自分はどうだったか?

危うい年頃だったかと思う

右に行くか、左に行くか、まっすぐ行くか

あっちふらふら、こっちふらふら

今考えると冷や汗もの

だが、中学生とはそんなものかもしれない

よくぞグレもせず、犯罪も犯さず、善行もせず、普通に育ったものだ

誰に感謝すべきか、世間か、友か、親か、神か


5月2日台北の茶藝館にて
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by moripapa_55 | 2013-05-23 23:58 | 日常

犬と猫とどっちが好きか

どちらかと言うと、どっちでもいい

というのはあまり考えたことがなかったから

今日は白黒しっかりつけてみよう



これまで、猫は飼った事が無い

犬は小さい頃飼った事はある

どちらもあまり経験はないので、イーブン


相性はどうか

犬側からとか、猫側からの相性は確かめようもないので、一方的な相性になるが

これまで接触した経験から考えてみる



犬は散歩をさせる必要がある

散歩には素直についてくる

というか、引っ張って行くのであるが、散歩の時にはとてもよろこぶ

自分の気分が乗らない時には散歩コースをぐいぐい引っ張って歩き、あっという間に終わらせてしまっても犬は表立って文句は言わない

だが、何となく可哀想だと思う

気を使わなくてはならない対象であると思う



猫はどうか

猫は散歩はさせなくてもいい

猫はこちらから遊びを仕掛けなければ遊んではもらえない

猫が気が向かない時は無視されるし逃げられる

こちらが気を使ってやる必要はない

気楽である


独占欲がある人は犬が良いだろうし、干渉したり干渉されるの嫌いな人は猫がよいのかもしれない

あまり、気を使うのが苦手なので、付合うなら猫かな


だが、はたして生物として好きなのはどちらだろう



自分のペースで遊べるのは犬

犬は訓練でしつけることが出来る

即ち自分しだいなのだ


猫はどう転んでも猫の持っているポテンシャル以上は望めない

馬が合えばいいが、馬が合わない猫はそもそも付合ってもらえない


犬と付合うには努力が必要で報われるが、猫と付合うのは運次第




さて、どっちが好きななか

結局分らない



白黒決着はいつの日にか必ずつけよう!



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4月27日 台中市中正路の交差点
中正路は元々はメインストリートに付けられる名前だが、ここではもう廃れた通りとなっていた
日本のシャーター通りのようだった
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by moripapa_55 | 2013-05-22 07:58 | 日常

考える事の大切さ

ある現象について、人からコメントを求められたり、なにかすることを求められたりする時、一度は真剣にその事について考えていないと、なかなか的確に自分の考えをのべることは難しい
自分の考えを的確につかめていないと言う事は、そのときに的確な判断や行動ができないということにもなる


なかには、あんまり考えていなくても、物事の本質を捉え、的確な事が言えている人もいる
これは、天才的な人の場合

直感的に自分の考えを言う正直な人もいるが、
普通は何となくそれらしいことを言って、一般的に言われている事やあまり深いコメントとなっていないことが多い

一度でもいいから、その事について自分なりの結論を出しておいたり、結論が出なくても真剣に考えていれば、それなりのコメントを出す事が出来る
対応する事が出来る

その積み重ねが、人の深さや大きさとなって行くのではないかと考える



5月吉日
日本のレストランにて
テーブルフラワーはアスパラガス
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by moripapa_55 | 2013-05-21 08:48 | 日常

終の棲家

「終の棲家」は通常「死ぬまで住む所」などという

何もかも揃っていて、理想的な間取りで、ここなら、死ぬまで住んでいい所と言う意味が一般的かな


しかし、本当に死ぬまで同じ所に住めるのか疑問が生じる

まずは、体力

家の維持管理は勿論維持管理のプロに任せる部分もあるが、自分でやらなければならない部分もたくさんあり、むしろ自分で維持管理をすることが面白いところである
これをするには相当の体力と知力と経済力が必要だ

本当に死ぬ間際までこれがやれるのか?



終の棲家を題材とした映画もたくさんあり、あるアメリカ映画では、周りに人家もないような田舎の家で妻にみとられながら死んで行く
美しく、悲しい情景である
しかし、老衰とはいえ全く医者の厄介にならずに済む事なんてほとんど夢物語にすぎない
まだ家族がいればとても許されることではない

老人の為の終の棲家の環境は買い物が簡単にでき、医者にもすぐかかれる便利がよい所になるのではないだろうか?



歳をとるにつれ、不要なものが出て来るはずである
維持管理も満足にできないのであるれば、老人となってからはミニマム主義でゆきたい

そんなに広い家は必要ないのではないだろうか?



若いうちは結婚、家族の増加、子供の学校、転勤など、生活環境がその度に大きく変化し
家を替えて生活する事が必要だ、
子供が巣立ち、家庭環境が安定すれば、やっと終の棲家を探そうということになるのであろう
だが、歳をとってからも、自分自身が変化して行く事に気がつかなければならない

それゆえ、終の棲家とは何ぞや?
と思うのである






4月27日台中市 向上市場
向上市場は台中駅からはすこし離れているが台中の少し新しい中心街にある
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by moripapa_55 | 2013-05-19 08:56 | 日常

「桜の木になろう」の解釈

難解というよりも混乱しやすい


PVの概要

女子6人は高校生時代仲良しグループだったが、一人が卒業を待たずに亡くなってしまう

5人は高校卒業後は夫々の道に進むが、高校を卒業した後も桜の時期になると揃ってお墓参りをする

無くなった仲間は校庭の桜の木に宿っており、今もその五人を見守っている

※このPVは歌詞の内容と一致している点が多くあり、何気なく聴いているだけでは、PVの内容がそのまま歌詞なのかと思わせるほどだ。




歌詞の概要

女子高校生は自分の夢について彼氏と教室で語り合う

夢を叶える為に彼氏とは別々の道に進む事になる

桜の季節を迎え、彼女は期待と不安を抱えながら卒業する

彼氏は思う

これまでの学生時代の思い出は胸にしまい込んで自分の夢を実現する為に頑張ってほしいと

動くことのない校庭の桜の木のように、君を見守ると

夢を実現するには辛い事や苦しい事もあるだろう

時には学生時代の決心が薄れてしまうこともあるだろう

そんな時には学校に戻り、学生時代に語り合った夢のことを思い出してほしい

桜の季節になったら、校庭の桜の木を思い出してほしい

君を見守っている僕のことを思い出してほしい

僕は校庭に立つ桜の木のようにいつも君を見守っている




※PVでは女の子グループの一人が亡くなり、校庭の桜の木に宿っているという設定だが、歌詞の中の「桜の木になろう そう僕はここから動かないよ」というフレーズが、亡くなった仲間が言っているのか、桜を擬人化して表現されているのか混乱してしまう。
桜の木が卒業していく彼女を見守っているとか、不思議な場面、理解しがたい場面が頭に浮かんでは消えていた

そこで、PVの事を頭からぬぐい去り、歌詞だけに注目すると、ようやく理解できた

しかし、PVの設定もこれはこれでなかなか面白い




4月30日台南 窄門にて
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by moripapa_55 | 2013-05-17 06:50 | 日常

基礎体力

水泳を始めて8ヶ月になる

最初はバランスが悪かった腕と足の動きもどうにかとれてきた

ある程度は泳ぎのスタイルが出来てきたようであるが、

最近重要だと思う事がある

それは基礎体力

つまり、フォームを模範的な状態としても、その状態で長く泳ぐには一定の基礎体力が必要であること

泳ぎの推進力7、8割は腕によるものと言われるクロールであるが、一定の腕力と持続力が必要

バタ足は推進力の2、3割程度という計算になるが、長くバタ足を続けても疲れない持久力が必要

全部が揃ってやっと、奇麗なフォームで長く泳ぐことが出来るようになる

それがやっと分るようになり、最近の練習の中心は基礎体力作りになっている

何事も基本が大事と言う事だ



5月3日 瑞芳の老街
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by moripapa_55 | 2013-05-15 22:09 | 日常