昨日は何したかな?

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中国茶

朝は文山包種茶(ウェンシャンパオジュンチャア)を飲む

我家で一番消費量が多い

何故かな

理由を考えてみた

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by moripapa_55 | 2010-01-20 10:41 | 日常

1月10日 昭和記念公園続き

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by moripapa_55 | 2010-01-19 23:01 | 公園

思いがけない山登り

平成22年1月16日 鋸南町の水仙ロード

2月までは水仙が咲いている

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by moripapa_55 | 2010-01-17 11:42 | 山登り

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行く所が無くなったら、新宿御苑か昭和記念公園というほどいままで何度も通った
昭和記念公園にまた行った

関東地方特有の冬の日本晴れに恵まれた

気温は低く風もあった

気温が低いのは空気が心地よく

風は親子の凧揚げにちょうど良い

日本晴れのおかげでクッキリとした影を楽しんだ

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by moripapa_55 | 2010-01-11 10:05 | 公園

最近感動した本

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昭和期年公園20100110




「日本語の正体」
金容雲著 三五館

殆ど同じ語順である韓国語と日本語
基礎語(数字、手足など身体の名前、農業に関する単語など)にあまり共通性が見られず、
言語が別れたとしたら、5千年前とも1万年前とも言われて来た

しかし、日本語と韓国語の古代語に注目して
元々は同じ言葉だった事を証明したのが、「日本語の正体」

日本語と韓国語が別々の道を歩き始めたのは白村江の戦い以後
まだ、1300年位前からだという

それまでは、古代日本語と韓国語(加耶語、百済語、新羅語)の違いは方言程度しかなく、
しかも、日本語は元々、殆ど百済語と同じだった

飛鳥、奈良時代に続々と日本にもたらされたのが文化や人
これらは殆ど百済からもたらされたもの
当時の日本の人々に何の違和感も無く、スムーズに受け入れられたのは、
わざわざ日本語に訳す必要が無かったから
百済語は日本語と殆ど同じだった為、そのまま受け入れられ、そして定着した

白村江の戦い以後大きく変化していった古代の韓国の言葉に比べ
変化こそあるが、母音の数も古代の百済語と同じままの日本語

日本語にこそ、古代朝鮮の言葉が残されている

現代日本語の大きな特徴である漢文の訓読法が発達し、
ハングルが発明され、古代中国語の発音をどんどん取り入れた韓国語
両者は全く違う方向に向かって進み始めた
その結果、現代の日本語と韓国語はもとは同じ言語だったとは思えない程
違う言葉になってしまった

古代の加耶、百済、新羅、倭
古代の日本である倭に渡って来た人々
古代加耶の言葉、百済の言葉、新羅の言葉、やまとことばを古代文献や万葉集などをもとにして
言葉の変化と、文明の成り立ちまで踏み込んで解明解説した本である

これまでのもやもやがなんだか、スッキリしたような気がする
中断していた古代史構築を再開しようと思った
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by moripapa_55 | 2010-01-10 23:43 | 日常

思った事


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2009.9.24 林森公園





新宿への電車での出来事


乗り込むとほぼ満員の車内で一カ所だけ空いてる部分がある

見ると、老人が扉の所の床に座り込んでいる

すぐ横の座席の女の子とお母さんが何か話し合っていた

意を決した様にお母さんが立ち上がり

「どうぞ、お座りください」と声をかけた

「いえ、いえ、結構です。」

「でも気分がお悪そうですから」

「有り難う。でも大丈夫ですから」

なかなか座ろうとしない

「どちらまで行かれるんですか」

「新宿までいって、浦安のほうへ。あなたは?」

「私たちも新宿ですけど。どうぞ、座った方が楽ですよ」

「座らせてもらうのは悪いよ。本当に大丈夫だから。有り難う」

押し問答が続いていた

とうとう、お母さんは席をゆずるのを諦めた




お母さんは子供とも話し合い勇気を奮ってせっかく声を掛けたのにと思う

席を譲られた老人は相手に悪いと思ったのだろうが、

老人に席を譲るのもマナーであるが、譲られた方も勇気を持って気持ちよく受けるのもマナー




廻りで聞いていたこちらもなんだか気まずい雰囲気になってしまった
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by moripapa_55 | 2010-01-09 21:21 | 公園